埼玉医科大学病院 臨床検査医学 (中央検査部)

〜唾液を用いた「梅毒研究」について〜

〜 研究参加施設を随時募集中です ~

 唾液を用いた梅毒診断法の開発および疫学調査にご協力いただける研究参加施設を随時募集しております。特に、臨床検体および情報の収集が可能な施設を求めています。地域、施設規模、診療科、症例登録数に制限はありません。具体的には、以下の2点についてご協力をお願い申し上げます。

  • 梅毒患者さんからの性器潰瘍スワブおよび唾液の収集
  • 臨床情報の収集

 研究へのご協力をご希望される場合は、当研究所のホームページのお問い合わせフォームよりご連絡ください。なお、一般の方からの協力依頼はお受けできませんので、予めご了承ください。 

〜 梅毒とは ~

 Treponema pallidum(以下、T. pallidum)によって引き起こされる性感染症(性病)です。感染経路は主に性行為ですが、垂直感染(母子感染)によっても感染が成立します。性器潰瘍や皮膚病変のほか、未治療の場合には、神経系、心臓、眼に関する不可逆的な合併症を引き起こす危険があります。また、妊娠中に梅毒に感染すると、流産や死産、胎児の奇形や障害を引き起こす可能性があります。

 国内外で患者数の増加が確認されています。国内では特に2012年以降、患者数が急増し、2023年には年間1万人の新規患者発生が報告されました。なぜ2012年以降に梅毒が流行しているのか、その原因が性行動の変化によるものなのか、病原体の変化によるものなのかは、まだ明らかにされていません。特に病原体に関する情報は不足しており、年間症例数の1%以下しか詳細な病原体解析が行われていません。また、大多数のサンプルは東京都内で採取されており、全国的な流行状況については不明です。

〜 梅毒の診断 〜

 病原体であるT. pallidumは培養できないため、診断には採血を用いた抗体検査が一般的に使用されます。しかし、感染初期には抗体が陰性となる場合も多く、初期の早期診断は難しいとされています。性器に潰瘍病変がある患者でも、12割の方が抗体検査で陰性となることがあります。また、梅毒は無症候性で経過することが多いため、症状がない方でもリスクがある場合は検査が推奨されます。しかし、検査には採血が必要であり、採血や痛みを避けたいと考える方には検査の機会が限られることがあります。

 性器潰瘍病変をぬぐったスワブを用いた遺伝子検査は、1期梅毒の早期診断に有用とされていますが、検出率は7295%と幅があり、偽陰性のリスクが高い検査方法です。また、これまでのところ、十分な臨床評価は行われておらず、体外診断薬や保険適用の検査法はまだ承認されていません。

〜 唾液を用いた遺伝子検査 〜

 近年、梅毒患者の唾液からT. pallidum遺伝子が高頻度で検出されることが報告され、唾液は新たな診断用検体として注目されています。私たちのグループでは、以下の2点に取り組んでいます。

  • 唾液を使用した簡便な検査法の開発と評価
  • 梅毒患者の唾液における pallidum遺伝子検出

 まず、簡易的に実施可能な等温核酸増幅法(LAMP法)を用いた検査法の開発に着手しました。簡便なDNA抽出法と、常温で保存可能な乾燥試薬を組み合わせることで、45分以内にT. pallidum DNA20 copies/tubeまで検出可能な遺伝子検査法を開発しました。検査結果は、濁度系や目視で判定できます。

 実際に、都内の医療機関と共同で行った研究では、唾液中のT. pallidum遺伝子検出率は、2期梅毒では86.5%、無症状の潜伏期梅毒でも47.4%と高い数値を示しました。一方、1期梅毒では27.3%と低い数値ですが、尿と組み合わせることで、検出率は48.5%まで上昇しました。新たに開発したLAMP法を用いても、同様の感度でT. pallidum遺伝子を検出することができました。

 期梅毒では性器潰瘍ぬぐいスワブを採取することも可能なため、スワブ検体と唾液(または尿)を組み合わせたLAMP法を用いることで、検査感度のばらつきを抑え、早期診断率を高めることができると予想しています。

〜 唾液を用いた病原体解析 〜

 唾液から高率にT. pallidum遺伝子が検出可能であることが明らかになったため、診断のみならず病原体解析にも応用できないか検討を行いました。 

 そこで、世界中で広く用いられているMLSTMulti Locus Sequencing Typing)法を用いて、唾液からのT. pallidum遺伝子型解析を試みました。研究参加者のうち、T. pallidum遺伝子が確認された57検体中、48検体で遺伝子型解析が可能でした。この成功率は、全体の患者サンプルでは約半数、2期梅毒患者に限定すると約8割に達しました。従来、2期梅毒や潜伏期患者を対象とした遺伝子型調査には、咽頭スワブや血液が使用されていましたが、菌量が少なく、成功率は34割程度でした。唾液を用いた病原体解析では、解析成功率を大幅に向上させることができました。

 さらに、病原体にはさまざまな遺伝子型が含まれており、これまで報告されていない新たな遺伝子型も発見されました。

〜 今後の展望について 〜

 これまで、以下の3点に取り組んできました。

  1. 臨床現場で利用可能性の高い梅毒診断用LAMP法の開発
  2. 唾液および尿検体を用いた梅毒診断の可能性の示唆
  3. 唾液を用いた病原体解析が可能であることの明確化

 唾液を使用することで、採血を避けたいと考える患者が梅毒検査を受ける契機となり、国内での患者発見や治療に貢献できると予想されます。また、国内でのT. pallidum病原体調査には、主に1期梅毒患者の性器潰瘍スワブが使用されてきましたが、この方法では解析数が限られるという課題がありました。

 本研究の成果を基に、今後は病原体調査に唾液が積極的に活用されるようになれば、1期梅毒だけでなく、2期・潜伏期梅毒も調査対象に含めることが可能になります。唾液はスワブよりも採取が容易であり、より広範囲な人々を対象に調査を行うことができるため、国内の疫学調査は大きく加速するものと期待されます。

 我々の研究グループでは、これらの成果をさらに発展させ、診断法の改良や遺伝子検査以外の手法を用いたアプローチ、さらにはT. pallidum病原体解析の進展を目指しています。今後、検体収集や臨床情報の収集において皆様からのご協力をいただけることが、さらなる成果につながり、最終的には国内における梅毒流行抑制策に大きく貢献できると信じています。

〜 梅毒に関する活動の業績 〜

  • Imai K, et al. Prospective evaluation of non-invasive saliva specimens for the diagnosis of syphilis and molecular surveillance of Treponema pallidum. J Clin Microbiol. 2024. In press. https://doi.org/10.1128/jcm.00809-24
  • Onodera A, et al. Retrospective investigation of overlooked Mpox virus infection in saliva samples from patients with suspected syphilis in Japan. J Med Virol. 2024 96(5):e29663.doi: 10.1002/jmv.29663.
  • 今井一男. 梅毒の迅速遺伝子検査法と非侵襲的検体の活用に向けて. 2024. 日本性感染症学会 第37回学術大会 (沖縄).
  • 今井一男、他.梅毒の診断・疫学調査に非侵襲的検体を用いた遺伝子診断法は有用か?2024年. 第98回日本感染症学会学術講演会 第72回日本化学療法学会総会 合同学会 (神戸).
  • 小野寺梓.Mpox流行期に梅毒疑いとして見逃されたMpox患者の頻度.2024年. 第98回日本感染症学会学術講演会 第72回日本化学療法学会総会 合同学会 (神戸)
  • 今井一男. 唾液と LAMP 法を用いた非侵襲的な梅毒診断法についての検討. 2024年.第15回 LAMP研究会(東京)

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